STORY

なぜ、記録するのか

2021年。この頃の写真は、ほとんど残っていない。撮る余裕も、撮られたい顔もなかった。
ここに書くのは、そこに至るまでの話と、そこから戻ってきた記録です。
17歳
ブラジル行き宣言
19歳
最年少トップセールス
20歳
ブラジルでプロ契約
22歳
ニューヨークへ
27歳
起業
29歳
時価総額27億円
30歳
訴訟・転落
31歳
プロ復帰
33歳
初測定・HCU開業
36歳
いま
1990 — 2007
口だけの少年
1990年生まれ。4人兄弟の3番目。優秀な兄たちの中で、勉強でもサッカーでも一番になれたことはなかった。大きなことばかり言うので「お前にはできない」と言われ続けた。悔しかったが、言い返せる実績が何もなかった。
17歳の進路相談で、大学には行かないと言った。ブラジルに行って、プロサッカー選手になる。先生も親も友人も笑った。当然だと思う。当時の私は、口だけだった。
2008 — 2009 18〜19歳
新聞と、値引きの弁当
高校を卒業して家を出た。古いアパートで一人暮らしをしながら、渡航資金のために新聞のセールスを始めた。1日300件回って1件も取れない日が続いた。仕事帰りに値引きの弁当を買って食べ、公園で一日座り込んだ日もある。
成績のいい先輩のやり方を、そのまま真似ることにした。少しずつドアが開くようになり、19歳で業界最年少のトップセールスマンになった。稼いだ金を握って、ブラジル行きの飛行機に乗った。
2010 — 2011 20〜21歳
ブラジル
練習場所はスラム街の中だった。後ろから足を削られるのは日常で、言葉は通じず、一週間部屋から出られない時期もあった。人生で初めて、心が壊れた。
それでも4ヶ月後、地元のクラブとプロ契約をした。口だけの少年が、初めて宣言を実行に変えた。数ヶ月プレーし、21歳で退団した。
2012 — 2015 22〜25歳
ニューヨーク
22歳の7月、ニューヨークに渡った。25歳頃までニューヨークとコネチカットを中心にアメリカを転々とし、世界で活躍する経営者たちからビジネスを学んだ。身体の世界から、事業の世界へ。
2017 — 2019 27〜29歳
絶頂
27歳で起業した。社会人向けの予防医学認定講座の事業だ。卒業生は1,400人を超え、29歳で時価総額27億円、売上10億円になった。29歳の冬にはマレーシアに移住した。全部がうまくいっていると思っていた。
2020 30歳
転落
アメリカで、信じていた相手から訴訟を起こされた。事実ではない主張が並び、弁護士費用は1億円を超えた。スタッフの3分の1が相手側へ移った。売上は10億円から3,000万円になった。30分の1だ。
結末の詳細を、ここに書くつもりはない。書けるのは、パソコンを開くことすらできない日々があったこと。食欲が消えたこと。4人の子の父親なのに、家で笑えなくなっていたこと。この時期の写真が、ほとんど残っていないことだ。
2020.11 — 2021.7 31歳
ピッチに戻る
どん底の最中、2020年11月にトレーニングを始めた。理由は単純で、証明したかった。予防医学を本気で追求すれば、身体は何歳からでも戻る。講座の卒業生と読者に、口ではなく身体で見せたかった。
2021年7月、マレーシアのプロクラブと契約し、31歳でピッチに戻った。会社は底のままだった。それでも身体は、積み上げた分だけ確実に応えた。事業ですべてを失いかけた時期に、身体だけが「積み上げれば、戻る」と教えてくれた。
2021 — 2022
残った仲間と
事業は、残ってくれたメンバーと積み上げ直した。特別な逆転劇はない。やるしかないから、やり続けた。それだけだった。
2023.11 33歳
数字との出会い
初めて体内年齢を測定した。結果は、実年齢マイナス3歳。正直、絶望した。ここまで身体に使ってきた金額を振り返ると、1歳若返るのに3,333万円かかった計算だった。悲しかった。
同時に、決めたことがある。感覚ではなく、数字で測る。そして、1歳3,333万円の世界を、誰でも手が届くところまで降ろす。若返りの民主化を、自分の仕事にする。
2023.12 —
老いるな。
東京にHCU CLINICを開業した。そして、このサイトを作った。自分の検査結果を、原本ごと公開するために。
私はまだ、回復の途中にいる。だから完成した方法ではなく、途中の記録を公開する。良い数値も、悪い数値も。
WHY — 実験の理由
なぜ、自分の身体で実験するのか
死なないために、生きているわけではない。
“Don't Die”を掲げた人がいる。深い敬意を持っている。ただ、私の理由は少し違う。私が自分の身体で実験を続けるのは、自分の夢と目標を叶えるためだ。
80年生きるつもりで挑戦するのと、200年生きるつもりで挑戦するのとでは、選べる夢の大きさが変わる。身体のパフォーマンスが上がれば、今日の仕事の質が上がる。挑戦できる年数が延びれば、夢が叶う確率は、その分だけ上がる。
だから、まず自分の身体で試す。そして、うまくいったことも、うまくいかなかったことも、すべて伝える。
WHY — 老いるな。の理由
なぜ、「老いるな。」なのか
30歳で全部が崩れたとき、唯一続けられたのがトレーニングだった。事業の数字は一晩で崩れたのに、身体は違った。走った分だけ走れるようになり、鍛えた分だけ強くなった。やった分が、そのまま返ってくる。あの時期、それが唯一の希望だった。
人が夢を諦めるとき、理由はたいてい年齢だ。「もう歳だから」。老いは、夢の一番の敵だ。だから私にとって「老いるな。」は、「諦めるな。」と同じ意味だ。
海外に住みながら、円が弱くなっていくのを見ていた。海外旅行に行ける日本人が、減っていくのを見ていた。「日本はもう終わった」という声を聞くたびに、悔しかった。だから、日本に帰ってきた。
いま分かっているのは、若返ることこそが、最大の病気の予防だということ。日本人は、病気になっている場合ではない。全員で若返って、「自分史上最大の自分」で、もう一度戦えばいい。
GOAL
これから証明したいこと
目指すことは、3つ。
一、健康寿命と平均寿命の差——いまの約10年を、5年に縮める。
二、若返りを、誰でも手軽に取り入れられるものにする。私は1歳若返るのに3,333万円を使った。これを、一般家庭で当たり前にできるところまで下げる。
三、若返りで、日本経済を成長させる。若返る人が増えれば、健康に働ける経営者と労働人口が増える。それが、そのまま国の力になる。
その先に、医療費が減り、税金が下がる国を夢見ている。
若返りは、「寿命遊び」ではない。国力への、最も効果的な投資だ。
綺麗事に聞こえるかもしれない。構わない。笑われるのは、17歳の頃から慣れている。
宣言して、身体で証明する。挑戦して、結果で証明する。やり方は、あの頃から変わっていない。このサイトは、その記録だ。
このサイトの方針
すべての数値に原本を付ける
検査機関発行のPDFを、個人情報のみマスキングして公開。
悪い数値も掲載する
基準値外の項目と改善の過程も、そのまま記録する。
毎月1日に更新する
次回更新日は常にトップページに表示。
私は医師ではありません。本サイトは石川勇太個人の測定記録・実践記録であり、医学的助言ではありません。実践される場合は医師にご相談ください。掲載する検査結果はすべて検査機関発行の原本とともに公開しています(個人情報のみマスキング)。